社長に辞表を突きつけ退職!〜そして会社は...

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社長に辞表を突きつけ退職!〜そして会社は...

出向から戻って約2か月後、マルヤマは会社を辞めてしまいました。
理由はいろいろとありますが、
ひとことで言えば『馬鹿らしくなった』からです。

 

 

時間を無駄にしたくない

仲が良かった先輩が皆辞めてしまったことも原因のひとつです。
その分の仕事が、全部マルヤマにのしかかって来たからです。

 

仕事の内容は面白かったし、やりがいもありました。
残業や徹夜をするのも、仕方のないことだとは思っていました。

 

それでも、給料の安さや評価の低さを知ってしまった後は、
『やってられない』と思う気持ちの方が強くなりました。

 

 

社長のキャラクター

退社の一番の理由はやっぱり待遇の悪さです。

  • どれだけ頑張っても正当な評価をしてもらえない
  • いつまでもお給料が安いまま

 

これではこちらのやる気も起きません。
たくさんいたベテランの先輩達も、皆これが理由で辞めてしまいました。

 

もともと社長は、今で言うセクハラが酷かったんです。

 

ある女性社員は、社長室で2人きりになった時に、
突然キスをされて強引に胸をもまれてしまった。
なんて強烈なエピソードもあります。

 

今だったら、即裁判です。
下手をすれば逮捕でしょう。

 

それだけではなく、お気に入りの女子社員に対する優遇も酷かった。
入って来たばかりの子や、重要でない仕事をしている子でも、
社長のお気に入りになるだけで、たくさんのお給料がもらえました。

 

最初、そのことに気付いている人はあまりいませんでした。
分かりにくくするために、時給や基本給は低めに設定されていたからです。

 

しかしその他に、良く分からない手当がたくさん付いている。
なんてことが頻繁にあったそうです。

 

たまたま経理のデータ入力を手伝っていたスタッフがそれに気づいて、
皆に伝えて回った時には大騒ぎになりました。

 

ベテランの先輩たちが皆で社長に説明を求めに行きましたが。
「給料に不満があるなら今すぐ辞めろ!」
の一点張りだったそうです。

 

半分以上のベテランデザイナーが、その月のうちに辞めました。
マルヤマも、これ以上残っていても意味は無いと思い、
次の月に辞めることにしました。

 

 

辞める時はすんなりと

会社を辞めるときは、揉めることもあります。
なかなか辞められなかったりすることもあります。

 

けれども、マルヤマは社長に疎まれている存在でしたので、
あっさりと辞めることができました。

 

最初、人事管理をしているアカギさんに相談しました。
アカギさんは、人事の評価も正当にしてくれる人でした。
物腰も優しくて、皆からもいろいろと頼りにされていました。

 

ただ、強く言えない人だったので、
結局はいつも社長の言いなりになってしまうのですが。

 

とりあえずそのアカギさんに「辞めたい」と伝えたところ、
「その方が良いと思います」とまで言われてしまいました。

 

「今のままここにいても正当な評価はされないし、
他の会社に行けばもっと良い待遇をしてもらえると思います」
とアカギさんは言っていました。

 

マルヤマはその場で退職を決意しました。

 

 

その後会社はどうなった?

辞めた後は、元の会社のことなど全く気にしていなかったのですが、
風の噂によると、倒産してしまったようです。

 

マルヤマや先輩たちが辞めてから、1年もせずに倒産してしまったそうです。
ベテランデザイナーがいなくなって、顧客の要求するレベルの物が作れなくなり、
納期を守れなくなったり、致命的なミスをしたりしていたそうです。

 

すぐに、仕事の受注がなくなり、
当時すでに自転車操業だった会社はどうにもならなくなってしまったそうです。

 

当時はITバブルが始まった頃で、仕事はいくらでもあって、
孫請けの仕事ですら、受注金額はそれなりに良かったはずなのですが、
どうしてそんなにギリギリの経営だったのでしょうか?

 

これも、あくまでも噂と憶測の域ですが、
どうも社長一家による使い込みのような事があったそうです。

 

これについては、マルヤマが辞めた後のことですし、
これ以上興味もないし、関わり合いにもなりたくないので、
それを聞いても「ふ〜ん」ぐらいにしか感じませんでした。

 

社長についてのその後も、全く関わり合いを持っていないので不明です。
これもまた風の噂に聞いた話になりますが、
自宅も抵当に差し押さえられたそうです。

 

一度、会社の後始末で会いに行った人の話によると、
ボロボロのアパートから、げっそりと痩せこけた社長が出て来たそうです。

 

「いろいろと追及したいこともあったが、落ちぶれすぎて何も言えなかった」
そうです。
その後の消息は分かりません。